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岐阜地方裁判所 昭和53年(行ウ)7号 判決 1984年4月25日

原告

伊東正喜

外一二名

原告ら訴訟代理人

蓑輪弘隆

蓑輪幸代

横山文夫

笹田参三

安藤友人

小林修

被告

青井逸雄

右訴訟代理人

羽田辰男

溝口博司

主文

一  原告らの本件訴えのうち、昭和四七年四月から同五二年二月までの間に笠松町商工会に対して支出された合計金二七三〇万五九一四円の公金の支出に関する部分をいずれも却下する。

二  被告は、笠松町に対し、金六四万八五八八円及びこれに対する昭和五二年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本件監査請求と本件訴えの適否について

1  原告らがいずれも笠松町の住民であり、被告が昭和四七年一月以降昭和五四年頃まで町長の職にあつたこと、昭和五三年二月一五日に本件監査請求がなされたこと及びその理由がない旨の通知が同年四月一〇日監査委員から原告らに対しなされたことはいずれも当事者間に争いがなく、同月二五日に原告らが本件訴えを提起したことは記録上明らかである。

2  昭和四七年度から昭和五一年度の各会計年度に本件補助金が支出されたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、各年度における本件補助金は、それぞれ当該年度中に、町職員に対する毎月の給与支給日毎に商工会への出向職員宛の給与として支出された金員のうち商工会が補助金として受け取つた金員の一二か月分の合算額であることが認められるので、本件補助金のうち昭和五二年三月中に支出された分(昭和五一年度における各月毎の支出額については、これを的確に証する証拠はないので、同年度分の支出合計額金七七八万三〇五六円を一二等分した金六四万八五八八円を一か月あたりの支出額と推定するほかなく、本件補助金のうち昭和五二年三月分は金六四万八五八八円であると認めるのが相当である。以下これを本件補助金(二)という。)については、その支出後一年以内に本件監査請求がなされたことは明らかであるが、昭和四七年度ないし昭和五〇年度に支出された分及び昭和五一年度支出分のうち同年四月から昭和五二年二月までの間に支出された分(合計金二七三〇万五九一四円、以下これを本件補助金(一)という。)については、昭和五二年二月分を除き支出後一年を経過した後に本件監査請求がなされたものと認めるほかなく、昭和五二年二月分の支出については、これが同月内の前記給与支給日になされたことは明らかであるにしても、その具体的時期が証拠上明らかではないので、監査請求の期間制限の関係では右支出が本件監査請求時から遡つて一年以内になされたものと認めることは困難である。

3  そこで、原告らが本件補助金(一)の支出につき一年以内に監査請求のできなかつたことに「正当な理由」が存するか否かについて判断する。

<証拠>を総合すれば、昭和五二年五月九日に本件補助金の支出が議会関係者(議長ら)に発覚するや、にわかに町政を揺がす大きな政治問題となり、議会においては同年六月二四日に設置された補助金等調査委員会が一五回にわたり特別委員会を開いてその調査を進める(同年七月一五日付で中間報告書提出)一方、議会からの監査請求(同年七月六日)に基づく監査委員による監査も並行して行われ、同年九月一九日に監査委員の監査結果が、次いで同月二一日に同特別委員会の調査結果がそれぞれ公表されて、本件補助金支出の全容が明らかにされ、原告らもその頃上記の監査結果等の公表によりその全容を知るに至つたことが認められる。

ところで、地自法二四二条二項が地方公共団体の長等の財務的行為に対する監査請求をなしうる期間を原則として当該行為のあつた日又は終つた日から一年以内に限つた法意は、それが仮に違法な行為であつたとしても地方公共団体の行為である以上、その法適合性をいつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性を確保するうえから好ましくないので、当該行為の法的効果をすみやかに確定させようとする点にあると解される。従つて同項但書の解釈にあたつてもその法意は貫かれるべきであるから、行為時から一年経過後になされる監査請求は、当該行為の種類、性質、態様、その他諸般の事情に照らしてその存在を知り得なかつたことについて特段の合理的理由があり、しかも住民がその存在を知り若しくは知り得る状況が到来したときから監査請求をなすのに相当な期間内にその請求がなされた場合にのみ、期間徒過について「正当な理由」があると解するのが相当である。

そうすると、仮に原告らが本件補助金(一)の支出を知り得なかつたことについて首肯し得る特段の合理的理由があつたとしても、前記の事実関係によれば、原告らは、遅くとも昭和五二年七月初めころからは本件補助金(一)の支出を十分知り得る状況にあり、また同年九月中旬ころにはその全容を知つたにもかかわらず、昭和五三年二月一五日に至つてようやく本件監査請求をなしたものであり、その遅滞を正当化すべき事情も窺われない以上、これは前記の相当期間内の請求とは到底認められないので、本件補助金(一)の支出に関する本件監査請求の期間徒過につき「正当な理由」があるものとはいえない。

4  以上によれば、本件監査請求は、本件補助金(二)の支出に関しては適法であるが、本件補助金(一)の支出に関しては不適法というほかなく、そうすると、本件訴えのうち本件補助金(一)の支出に関する部分は、適法な監査請求を経ていないこととなるから、却下を免れない。

二本件補助金(二)の支出の違法性について

1 本件補助金(二)が商工会宛に支出されたことは前記一2のとおりであり、それが昭和五一年度の町の歳出予算及び決算のいずれにも計上されていないことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば以下の事実が認められる。

(一)  町は、商工会が経営改善普及事業を実施するにあたつて必要な指導員等について適任者を得ることができなかつたため、中小企業庁の指導に基づき、昭和三五年頃から、商工観光課所属の一部の町職員を、町職員としての身分を併有させたまま商工会に派遣し、商工会はこれらの出向職員(その数は逐次増加し、昭和五一年度には指導員三名、補助員一名が出向した。)を指導員等に任命して商工会の職務に専念させていたところ、町の職務に従事しない出向職員に町が給与を支払うことは適当ではないと判断されたため、昭和四二年度までは、出向職員宛にいつたんは町から給与を支払うものの、その都度町に寄付という形でその全額を返還させる処理をし、出向職員には商工会から、町に返還した町給与と同額の給与を支払つていた(この点は昭和五一年度まで同様)。

(二)  町は昭和三四年から歳出予算に「笠松町商工会補助金」の費目で商工会宛の補助金を計上し、これを毎年度商工会に交付し、更に昭和四二年度からは、これに加えて歳出予算に「労務対策協議会補助金」の費目で補助金を計上し、これも併せて商工会に補助金として交付していた。

(三)  昭和四三年度の町予算の編成にあたり、商工会(当時の会長は被告)が町に対して、経費とりわけ人件費の増加分を補うべく、商工会事務局長であるとともに町の商工観光課長でもあつた林武雄を通じて、前年度の「笠松町商工会補助金」の交付額金二〇〇万円に金九五万円を上積みした金二九五万円を右補助金として要求したところ、町執行部は、商工会の要求額をそのまま「笠松町商工会補助金」として正式に支出することは各種団体(ひいては議会、一般町民)との関係で問題が生じるので、その費目での補助金は前年度どおり金二〇〇万円とし、上積み分については町予算に計上しないで、出向職員が従来町に返還していた給与のうち上積み分に見合う金員を町に返還させずに直接商工会に支出することによつて別立ての補助金を交付することとし、その旨を商工会長の被告に知らしめたうえで予算編成を行い、その結果昭和四三年度においては、同年四月から一二月までの各給与支給日毎に出向職員の給与相当額が商工会に対する別立ての補助金として支出され(総額金九五万円。但しあらかじめ町において控除された共済費、税金等を含む。)、商工会はこれに「普及事業費」という名称を付して受入れた。

(四)  これを契機として、昭和四四年度以降は、別立補助金としては歳出予算(款・項「商工費」、目「商工業振興」、節「負担金、補助及び交付金」)に計上せず、歳出予算(款・項「商工費」、目「商工総務費」、節「給料」「職員手当等」)に出向職員を商工課に所属するものとして計上した出向職員宛の給与相当額を給与支給日毎に商工会に対する補助金として支出するが、町の会計手続上はあくまでも給与として支出し(従つて、その決算上の支出費目も給与とする。)、出向職員の了解を得て同人らの給与領収の印を徴して給与の支出としての形式を整えたうえ、現実には町の会計課から右金員を直接商工会事務局長に交付するという取扱いが慣行化し、被告が町長に就任した昭和四七年以降もこのような取扱いのもとで、別立補助金として本件補助金(二)を含む本件補助金が町から商工会宛に支出された。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、右事実関係に照らして本件補助金(二)の支出の適否につき検討するに、地方公共団体の歳出予算には一会計年度における一切の支出が編入されなければならず(地自法二一〇条)、しかもその予算は款・項・目・節の区分から成るのであるから、長が目節の区分に従つて予算を執行しなければならないことは明らかであつて(地自法施行令一五〇条一項三号)、当該目節に計上されていない金員を支出する予算外支出は予算制度を潜脱する重大な違法行為といわなければならないところ、右の事実によれば、本件補助金(二)は昭和五一年度町予算の該当目節に計上されていないのはもとより、町の会計手続上も明らかに商工会への出向職員に対する給与として支出され、しかも、その決算においても遂にこれが商工会に対する補助金であることは明らかにされなかつたものであり、本件補助金(二)の支出が予算に基づかない違法な公金の支出であることは明らかである。

もつとも、被告が主張するように、議会の予算の議決は款項の区分についてなされるものであり(地自法二一六条)、その内容を決する目節の区分は長に委ねられているのであるから(同法二二〇条一項、同法施行令一五〇条一項三号)、同法二二〇条二項の規定に照らして、同じ項に属する目節間の流用による予算の執行は許されているものと解されるが、目節の区分は歳入歳出予算事項別明細書を通して議会に報告され(同法二一一条二項、一二二条、同法施行令一四四条一項、同法施行規則一五条の二)、議会における予算の審議及び議決にあたつても最も重要な基礎資料となるのであるから、同じ項に属する目節間の流用であるからといつて安易にこれを行うことは許されず、予算成立時には予想し得ない事情の変更が生じ、予算の円滑且つ効率的な執行を行うための措置としてその必要性が認められる場合についてのみこれを行い得るにすぎないと解すべきところ、右の事実によれば、被告は予算成立時から本件補助金(二)を商工会宛に支出する意図を持ちながら、議会や町民からの批判をおそれてこれを秘するために、ことさらに同年度の歳出予算の該当目節(目「商工業振興費」、節「負担金補助及び交付金」)に計上しないで、同じ項「商工費」の目「商工総務費」、節「給料」「職員手当等」に計上し、しかも、被告主張にかかる流用の事実を決算においても明らかにしなかつたというのであるから、本件補助金(二)の支出が仮に流用に該るとしても、かかる流用が適法な流用として許される場合に該らないことは明らかである(このような支出を流用として許容するならば、予算を議会の議決に係らしめて町の財務行為を規制しようとした法の趣旨は全く没却されてしまうであろう。)。

2  なお、被告は、本件補助金の支出についてはあらかじめ議会の了解があつたと主張するが、本件全証拠によつてもかかる事実を認めることはできない。

また、被告は本件補助金は公益上の必要性があつて支出したのであるから当・不当の問題は生じても違法の問題は生じないと主張するのであるが、補助金の公益性・必要性の判断については地方公共団体の裁量権が認められ、従つてその判断については原則として違法の問題は生じないというべきであるにしても、補助金を予算内で支出すること自体は地方公共団体に課せられた義務であつて、これに違反した違法は補助金支出についての公益性、必要性があるからといつて当然に治ゆされるものではないから、被告のこの点に関する主張は主張自体失当である。

その他本件予算外支出の違法性を阻却するに足りるような事情も認められないので、本件補助金(二)の支出は違法支出というほかない。

3  損害

本件補助金(二)の支出は違法であるうえ、これにより町が何らかの財産的利益を得たり、当然に支出すべき財産的給付を免れたといつた事情も存しないので、町は本件補助金(二)の支出によりこれと同額の金六四万八五八八円の損害を蒙つたというべきである。

4  被告の責任

<証拠>を総合すれば、被告は、出向職員宛の給与を町の歳出予算に計上し、各給与支給日毎にこれを補助金として支出する取扱いが町の会計上慣行的に行なわれていることを知りながら、自己が長期間会長を務めた商工会の発展を念頭するばかりに、町長に就任後もこれを放置し、昭和五〇年度予算編成にあたり総務課長、商工観光課長らからこのような取扱いは町の会計上問題があるとの指摘を受けながら、これを改めようとはせず、その結果本件補助金(二)を商工会宛に支出せしめたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は前記各証拠に照らして信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実に徴すれば、被告は、本件補助金(二)の支出について、これが違法であることを認識し、若しくは容易に認識することができたにもかかわらず、故意若しくは重大な過失によりその支出を命じたものというべきであるから、地自法二四三条の二第一項の規定に基づき右支出による町の損害、並びにこれに対する支出時から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償すべき責任がある。

三結論

以上の次第で、本件補助金(一)(合計金二七三〇万五九一四円)の支出に関する原告らの訴えはいずれも適法な監査請求を経ていない不適法な訴えであるからこれを却下することとし、本件補助金(二)(金六四万八五八八円)に関する原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する(なお仮執行の宣言の申立は相当でないからこれを却下する。)。

(渡辺剛男 松永眞明 野村直之)

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